靖国神社のこと

毎年8月15日恒例の騒ぎを見聞きするにつけ、一番不思議
なのは「A級戦犯」でもなく「隣国の反対」でもない。

靖国神社明治天皇の時代に「国のために戦った軍人・軍属」の鎮魂の願いを込めて建立されたはずである。
A級であろうとなかろうと、戦場で戦い亡くなったのではない
者が合祀されていることが理解に苦しむところである。


嘗て、合祀の強い圧力に耐えて保留を貫き通した、宮司
筑波藤麿(1946〜1978)の死後を継いだ 宮司松平永芳
(1978〜1992)は処刑死・病死、加えて非軍人・軍属まで
合祀したことは明治天皇のご趣旨にも背くものと言わざるをえない。

 
宮内庁長官富田朝彦メモに残された昭和天皇の「松岡・白鳥までも」との外務大臣・イタリア大使の両者まで含んだ処置
に対するお怒りは、1975年まで2〜3年おきに続けられてこられた参拝もバッタリとお取り止めになられ、現在の天皇陛下
も参拝にはなられていない。


靖国神社は国の管轄でも神社本庁の管下でもない。
戦死者の名前は「書き加えられることはあっても削除することはない」と頑なに言い張っている。
斯かる、昭和天皇のご意向を忖度することなく事を進めて
おきながら毎年1月7日を「昭和天皇武蔵野陵遥拝式」とは
鼻白むばかりである。